東京の1000キロ南の洋上に
小笠原諸島は浮かぶ。

玄関口である父島はじめ
母島、姉島、兄島、嫁島といった
大小さまざまな島で構成される。

父島から漁船で2時間ほど走ると
聟島(むこじま)にたどり着く。
聟島はケーター列島ともいわれ
今は無人島だ。

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この秘境に以前、磯釣りの取材に行った。
イソマグロ、カッポレ、ロウニンアジ、クエ
バラハタ、カンパチ、ホウセキハタなどが
文字どおりの入れ食いで
大型のジグ5個を持参したぼくは
5投ですべてを失った。

全部、魚に持っていかれたのである。

イシダイザオにミチイトはPE10号だったが
このタックルをして
取り込める魚がほとんどいない。
同行のベテランたちには
「それで何釣んだ?
せいぜい、俺たちのエサでも釣ってくれ」
と笑われた。

かれこれ十数年前のことだが
その衝撃は、今でも昨日のように覚えている。

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現地でチギといわれるバラハタ

今日の朝刊で
聟島の名を久しぶりに目にした。

なんでも
聟島で巣立ったアホウドリが
2万6000キロも離れた
カリフォルニア州サンフランシスコ沖で確認されたというのだ。

アホウドリの繁殖地である伊豆諸島の鳥島は
火山島である。
アホウドリの絶滅を防ぐために環境省が、
ヘリコプターで鳥島から聟島に運び
この春にすべてが巣立ったという。
そのうちの1羽がカリフォルニアで見つかったのだ。

アホウドリ、鳥島と聞いて
思い出さずにはいられないのが
吉村昭の名作「漂流」である。

江戸時代
暴風雨で遭難した土佐の漁師たちが
なんとかたどり着いたのが絶海の孤島、鳥島だった。

島に水はなく
食べ物もない。
断崖のえぐれた部分には
過去に漂流したであろう
人たちの骨が転がっている。

助けを求めようにも
ここがどこなのか知るすべはなく
はるか沖合いを眺めていても
船影などまるで見えない。

唯一の救いが
島の一部分を埋め尽くさんばかりに群れていた
アホウドリだった。

島のアホウドリは警戒心が全くなく
簡単に捕獲できた。

それを食べ
雨水を飲み
どうにか数ヶ月を凌いだが
秋風が吹き始めると
日に日にアホウドリが減っていった。

主人公は
「ひょっとしたら渡り鳥かもしれない」
と考え
獲れるだけとり、干物などにしてキープした。

その読みがあたり
冬には1羽もいなくなったが
どうにか干物で食いつないだ。

しかし、アホウドリだけを食べ続けたためか
仲間たちの体に異変が起き
次々に仲間が死んでいった…

それでも、
主人公は不撓不屈の精神で
絶対に故郷に帰ることを諦めない。

何年かに一度
同じように漂流してきた人たちが仲間に加わったが
その多くは島での生活に絶望を抱き死んでいく。

それほど過酷な環境にあってなお
主人公は仲間を
そして自分を鼓舞しながら
生き抜くことを諦めない。

そして漂流から13年後
主人公は故郷の土を踏むことになるのだ。

戦艦武蔵、破獄、高熱隧道、羆嵐など
吉村昭は多くの名作を著したが
すべて実話に基づいており
無論、漂流も例外ではない。

自ら死を選ばなくてはならないほど
追い込まれたことはこれまでにないが
もし、そのような困難に直面したとしたら
そのとき、ぼくは「漂流」を思い出すだろう。

生きる勇気を与えてくれる一冊である。

(山根)