計画的避難区域に指定された福島県の飯館村を通り
津波により甚大な被害を受けた相馬港に行ってきました。

今回の震災は
天災(地震、津波)と人災(放射能)を別に考えなくてはという意識を
改めて強くしました。

というわけで、まずは相馬港の近況から。

震災から4ヵ月が経ちましたが
痛々しい爪痕がくっきりと残っていました。

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海岸線から1〜2キロ離れた田園地帯に
漁船が何艘も横たわったまま。

相馬というと
風光明媚な松川浦が人気で
白砂青松の景色を愛でながら
夏場はハゼ&カレイ釣りを楽しめました。

その松川浦には
家や車が沈んだままでした。

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「あれ、あの建物は、渡船場の近くにあったおみやげ屋さんでは?」

数百メートル離れた位置にあったはずの建物が
4ヵ月経った今も、
県下有数の景勝地として知られた松川浦に
静かに浮かんでいました。

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沖に見える堤防は
元々はつながっていました。
今回の津波でずたずたに寸断され
その所々には漁船が乗っかったままでした。

港周辺ではダンプやショベルカーなど何台もの重機が
フル稼働しているようでしたが
それでも、堤防に打ちあがった漁船やクルマを動かすことさえも
まだまだできていません。

ぼくはこの海が好きで
春も夏も秋も冬も釣りに行きました。

クロダイ、アイナメ、スズキ、カレイ、ハゼ……。

行けば、必ずや満足のいく釣果と
美味しい魚介料理に舌鼓を打つことができました。

帰りしなに寄っていた魚屋には
いつも女将さんの甲高い声が飛び交い
旬の魚を求めた観光客でごったがえしていました。

昨日の炎天下、岸壁の上に立ち
潮の香りを感じながら
目をつむっていると
それらの光景が脳裏によみがえってきますが
活気あふれる魚屋も、観光客も、女将さんの声も、魚の脂の匂いも
何もありません。

目の前にある静かな海が全部持って行ってしまったのです。

ぼくだけじゃなく
多くの人々にたくさんの恵みをギブし続けてくれたあの母なる海が
一瞬にして、すべてを持ち去ってしまったのです。

自然とはそういうものだと思い込もうとしましたが
なかなか、うまく整理ができません。

長く険しい道のりになると思いますが
観光地として息を吹き返す日が一刻も早く訪れることを
心より祈っております。

(山根)