神田神保町は本の街。
コンセプトを明確にした古書店が、
所狭しと建ち並ぶ。
世界広しといえど、こんな街はない。

中には鳥海書房という
釣りや自然を専門的に扱う本屋もある。

ラーメン二郎神保町店は、そんな古書街のはずれにたたずむ。

普通、ラーメン屋はちょっと売れると
チェーン展開し、テレビに出たり、カップラーメンを出したり、本を出したりして
一躍有名になるが、数年も経つと閑古鳥が鳴くようになる。

ラーメン二郎も本店の三田のほかに
27店舗ほどがある。
三田本店は30年以上行列が絶えない。
各支店も、連日のように行列ができている。
日本の巨大な外食産業において、
こんな店、ほかにあるだろうか。

しかし、アンチ二郎が多いのも事実。
何を隠そう、僕もアンチ二郎だった。

青春時代は家系を謳歌していたが、
20歳を過ぎたあたりから体がこってり系を
受け付けなくなり、さっぱり系に目覚めた。
「こってり系? 若い、若い、ラーメンは醤油だよ」
なんて分かった口をきいていたのだ。

友に連れられ初めて二郎を食べたのはその頃だ。
最初は2度と行くまいと思った。
2度目も同じことを思った。強引に誘った友を侮蔑さえした。
3度目も。

しかし、三十路に差しかかったある日の取材の帰り
猛烈に二郎が食べたくなり、横浜の鶴見店へ。
これで一気に目が覚め、以来、僕は
ジロリアン(熱烈な二郎ファン)になった。

周りは三十路を過ぎたジロリアンを白い目で見る。
「どこがいいワケ? あんなに並んでまで」
「奥さんも、お子さんもいるんでしょう?」

ああ、そうだ。だからこそ、僕は二郎に行くのだ。

味も気に入っている。しかし、最大の魅力は量だ。
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吉野家の特盛をはるかに凌駕する二郎の小(これで一番少ない量)

折からの不況で、
タバコも止め、酒も減らし、夜遊びもできず、
磯に持ち込むコマセの量も減らした。
普通に食べて暮らすことが、
こんなに大変なことだとは考えもしなかった。

神保町のランチタイム。
「もう食えないよ」
っていうくらい食べようと思ったら、野口英世一枚じゃ足りない。
ところが二郎だと、600円でもう勘弁っていうくらい食べさせてくれる。

日々の生活で沸き上がる欲望の中で、
唯一僕が満たすことができるのが食欲。
食べているそばから胃の幽門が開きそうになる愉悦。
負け組みの下流社会を生きる人にも、
二郎はシアワセを分けてくれるのだ。

野口英世はノーベル医学賞の候補に3度上がり、
受賞はできなかったが、
僕はラーメン二郎にノーベル平和賞をあげたい。