かれこれ10年ほど前の
今夜のようにビミョーに涼しい夏の夜のことである。

その夜、僕は友人らと3人で三浦半島へ釣りに行った。
ねらいはクロダイである。

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夜の海辺はこんなのが…(水辺の怪談最恐伝説より転載)

夕マヅメから朝マヅメまで徹底的にやると
気合が入りまくっていた僕は
コマセをしこたま持って行った。

場所は毘沙門の磯である。

あいにくと東風がそよそよと吹いていた。
「東風(コチ)が吹くとクロダイは釣れない」
という言い伝えが三浦や房総にはある。

しかし、その日は闇夜だった。
アオリイカやヤリイカなどイカ類はたいがい月夜がいいが
魚はもっぱら闇夜のほうが上がる。

夕マヅメは何事もなく過ぎた。

毘沙門の磯は漆黒の闇に包まれ
すぐ隣でサオをだしている友人の姿すらよく見えない。

闇の中にポツンと浮かぶ赤い光を凝視するが
ネンブツダイやゴンズイのアタリすらない。

そろそろ日付が変わろうかというころ
あろうことか友人2人が
「釣れないから帰る」
と言い出した。

こちらはコマセをたっぷりと持参している。

「あっそう、俺は朝までやるよ」

怒り気味に言ってみたものの
友人2人は本当に帰ってしまった。

それまでは何とも感じなかったが
ひとりになると闇夜の地磯は不気味である。
辺りには誰もいない。
時折、東風が吹いて背後の草木がそよぐと
サワサワと音を立て
今にも誰かが飛び出してきそうな気がする。

一度、そう思ってしまうと
釣りに集中できず
やむなく撤収することにした。

ヘッドライトの灯りを頼りに
波打ち際を注意深く歩いて駐車場に戻る。
すると、前方にヘッドライトの灯りがひとつ揺れるのが見えた。

釣り人だろう。
ホッとして
その灯りのほうへ歩いて行き
「釣れましたか〜」
と声をかけた。

仕掛けでも作っているのか
灯りは小刻みに動くものの
返事はない。

さらに近付いて声をかけるも
やはり返事はない。

2〜3mまで近づいてみて
ようやく人のシルエットが
漆黒の闇に浮かび上がった。

「釣れますか〜」

その人は真っ黒だった。
正確には黒い衣類をまとっていた。
それはウエットスーツらしかった。

下を向き大きな網袋をガサガサやっていた。

僕のヘッドライトがその網袋を照らすと
ようやく男は僕のほうを向いた。

「密漁だよ! なんかあっか?」

凄みのきいた声で男は一言だけ発した。
僕のヘッドライトの灯りに浮かび上がったのは
「仁義なき戦い」に出てくる
若かりし頃の松方弘樹のような
ギョロ目を向いた極悪人の顔だった。

ヒエ〜ッ!!!

それ以来
夜釣りで出会った釣り人に釣果を聞くことができないでいる…
(山根)

kaidan
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